2016年7月31日日曜日

空想の世界の画家たち

頭の中で考えた世界を実際に紙に描いて表現することは楽しいことです。昔からそうした絵を描く画家がいました。

エドヴァルト・ムンクはノルウェーの画家です。ムンクの「叫び」は一度見ると忘れられない絵です。さまざまなグッズにもなっていますね。この絵に登場する人物は何を叫んでいるのでしょうか。

まさに緊迫した状況を絵の色彩やうねりが表しています。不安な気持ちが湧いてきます。

一転して、ベルギーのルネ・マグリット。彼はとてもリアルな絵を描きました。リアルなのですが、物と物の関係や、位置、状況が不条理な世界を描いて、その絵を見る人を不思議な世界へといざないます。こうした表現をシュルレアリズム(超現実主義)といいます。このほかにもイタリアのジョルジョ・デ・キリコなどがいます。

心の奥を表現するこうした絵はさまざまな形で描かれています。マルク・シャガールもそうした画家の一人です。美しい青や赤、黄などの豊かでやさしい色彩のなかに自由に人物や動物が配された絵を描きました。その独特なファンタジーのような世界観は今もって人気があります。アンリー・ルソーも不思議な世界を描きました。「ヘビ使いの女」などはそうした代表作のひとつです。

2016年7月16日土曜日

そぼくだけど心ひかれる絵

多くの皆さんは、絵を上手に描きたい、どうやったら思った通りに描けるのだろうと一度はお思いになったことでしょう。

さて、その結果はどうですか。世の中の人々の多く、これには画家も含めてかもしれませんが、その目標や夢はなかなかかなえられていないかのようです。

じつは多くの人にとって絵を上手に描きたいというのは画家のように描きたいあるいは、画家のようには描けなくてももう少し思った通りに描きたいということだと思います。

それが最近では、そうでもなくなっている部分もあります。私の親しんでいる作家のひとりが椎名誠です。

この人の表す書物の多くに挿絵を描いているイラストレーターに沢野ひとしがいます。じつは二人は幼馴染です。

椎名氏は、沢野氏の一見頼りなげに見える絵を「グラム何円」といふうに最初は買っていたという逸話が残っています。椎名氏は沢野氏の絵を評価して自分の著作に使っていたことになります。

しかし、沢野氏はこの自分の絵のスタイルを確立します。この頼りなげな絵が世間の評価も得たことになります。決して従来の絵の価値観からは、評価の対象にすらならないタイプの絵です。

したがってこのようなタイプのイラストや絵は、この2021世紀の世界ではごくふつうになりつつあります。絵に対する価値観が大幅に変わり、世の中の人もそれがごく当たり前と思えるような時代になったといえます。

これを最初に世に出した人はさぞかし勇気がいったのでは、とお思いかもしれません。じつは西洋にもアンリ・ルソーなど「素朴派」などと呼ばれている画家がいます。

彼は、かなり年齢がすすんでから絵を描くようになります。しかもそれは独学で我流です。まわりの人々は最初は、彼のデッサンや絵のおかしな点を指摘することに終始します。

でもピカソやゴーギャンは違いました。彼の絵の持つ独特の世界観に築いてピカソら自身にはないものを発見したといわれています。

それ以降、彼の絵の本当の価値に気づいた人々が増え、彼の絵は一定の価値と美術史上に名を遺すまでになりました。

こうしたタイプの絵が世に認められ、世界中の人々が愛好する対象になってきました。

このブログでは何度かこのことに触れてきました。もはや絵はうまく描くことや、そっくりに見えることのみの価値観だけで表されるものではありません。

様々な価値観があり、それは絵を描く人の個性や考え方の多様性の現れです。

ですから、基本的にどのように描いてもいいのだということです。ただし、無茶苦茶にやっていいということではありません。

支離滅裂とスタイルを確立することを混同し、はき違えてはいけません。無茶苦茶では長続きしませんし、人々の感動や共感も得られないでしょう。


表現を楽しむのが美術や芸術です。人のあり方にも通じるものの見方です。その意味ではいい時代だと思います。

2016年7月15日金曜日

200記事達成

このブログの記事が200記事を超えました。この記事で202記事目です。美術の内容で200個書けるかなと最初は思いながら始めたブログでした。

このブログを見てくださっている方々に、さまざまな年齢や立場の方がいることが想像できます。

そういった方々の期待を裏切らないように、まとめや問題作りをこれからもしていこうと思いました。

最近は、ここ23か月の記事の問題を繰り返し、更新の筆を入れながら掲載しています。この方が中学生の皆さんがまんべんなく様々な単元や内容をPCやスマホを開くだけで接することができると考えたからです。

一般の方々がご利用なさる上では、何で同じ内容の記事を繰り返し載せるのだろうとお思いの方もいらっしゃることでしょう。

上のような理由から始めた次第です。「小さな塾」の生徒たちも利用しています。

生徒たちにも聞きながらもっとこうした方がいいとか、もっと図をのせてほしいとか要望があります。


限られた時間の中でやりくりするのは限界もありますが、なるべく充実させていこうと思います。むしろこれまでの記事にこれからは図を加えたり、加筆したりするほうがよりわかりやすくできるかもしれません。

2016年7月5日火曜日

たなばた飾り

今日久々に街に出ました。私の住む場所は、町はずれの中山間地で、一番近くのスーパーまで4㎞あります。それでも集落には大手コンビニ3社の店がそろっている不思議なところです。

さて、出かけた街は10㎞ほど離れたところで、最近えきがリニューアルされ、見違えるようになりました。暑い日差しの中、歩いていると、うしろにささをのせている軽トラックを見かけました。

笹なんかどうするんだろうと、思いました。あっ、そうか七夕かとやっと気づきました。あさっては七夕でした。

七夕と言えば七夕飾り。私の出た小学校は毎年、教室を出た廊下に、七夕飾りをずら~と並べて壮観でした。そして風情がありました。季節も感じました。

このように日本には季節を感じる飾り付けがいくつかあります。外国のものまで取り入れて、今ではクリスマスやハロウィンまで取り入れられ、季節を感じるアイテム、デコレーションとして定着しています。

ここ数年、私の住む地域では77日には雨にたたられています。このところ晴れが続いていますから、今年あたり、織姫と牽牛は出会えないでしょうか。